無題 名前: 管理人 [2018/11/01,16:58:16] No.18579
シリアで拉致されていたジャーナリストの問題で、某テレビ局の記者が、「彼は英雄だ」と言って、更に炎上しているようですが。

私も、批判をするつもりもありませんが、事実を見るだけでも釈然としないですね。

どうやらカタール政府は3億円の身代金を払ったようですね。

その金で、反政府軍は武器を購入し、どれだけの人が更に死ぬことになるのか。

そのジャーナリストは、どんな理由があろうとも、その武器調達の片棒を担いだ事になるのではないですか?

傷つく子供たちを助けたい、と言っていたようですが、更に傷つく子供たちを増やしているだけなのではないでしょうか?

更に言えば、そのお金があれば、どれだけの子供の命が救えるのか。

ユニセフなどが言っていますが、1日、数十円あれば、餓死する子供が救えて、ワクチンも買えて、命を助ける事ができるとのことです。

3億円あったら?

こう言うのはすり替えだ、と言われるかもしれませんが、私はどうしても、そう考えてしまいます。

要らない事をした結果、更に状況を悪くしているだけなのでは?

武器をゲリラに買わせるような口実を作ってしまった人間が、何故、英雄なのでしょうね。

子供の為、と言いますが、本当にそうなのですか?

そう言う無駄な金をゲリラに与える事を、軽率にした人間が何を言っても、私には理解できません。

それと、戦争の悲惨さは、本当に現場に入らないと分からないのでしょうか?

例えば、イスラム国のように、結局、イスラム国に入れたジャーナリストは、ドイツ人ジャーナリスト1人だけでしたよね?

後は、周辺に逃れてきた人達を取材して得た情報だったはずですが、イスラム国の非道さ、悲惨さは伝わりませんでしか?

私には十分、理解できましたけれど。

つまり、拉致されたり、捕虜になる危険を犯さなくても、やり方ひとつで、情報を入手することは出来ると思うのですが。

それをわざわざ危険な場所に行くのは、スタンドプレー、と言いますか、単なる本人のエゴなのではないでしょうか?

何度も言いますが、あのジャーナリストを非難しようとは思いませんが、やり方は間違っているような気がしてなりません。

こう言う事を書くと、バッシングだと言う人がいますが、私はそうは思いません。

世の中には色々な考えの人がいて当たり前だと思います。

それを、ちょっとでも違う意見を言うと、バッシングだと言うのはどうなのでしょう。

それだと自分の意見も言えなくなってしまいます。

あのジャーナリストの人も、今はまだ治療中のようですが、体調が戻ったら、出てきて、自分の考えを語ればいいのですから。

本人の考えも分からないのに、被害者だ、英雄だ、と周囲かヒステリックに騒ぐ方が滑稽ですよね。


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